デジタルzin!ポエジン『宇宙塵』/即興詩人・AI UEOKA

即興詩人・AI UEOKAによるデジタルzin! 雑多な芸術・らくがき日記。

伊藤秀和・02 『胡蝶の舟』あとがき

今回は、友人の物書き、伊藤秀和くんに以前依頼し、その際に書き下ろして頂いた、僕の小説『胡蝶の舟・下巻』のあとがきを掲載させて頂きました。
ぜひご一読ください。




『あとがき』


僕らは寝そべってその音を聞いていた。僕らが21歳で彼が24歳。いろんなことは忘れたがその音は今でもよく覚えている。

ワタリが何かを求め旅していたように、当時の僕らもまた、なにかを求めていたかは別として旅していた。初めて会ったその日に世田谷のファミレスから旅に出たのだ。時刻は夜の七時頃だった。「何も音がしないところがあるから行こう」確か僕は割り箸の袋でなにかを作りながらそう言った。

この話では次から次へ作者の感覚世界(妄想世界)が語られる。雨喰い、サナギの舟、白い象、透明様……。その世界はあまりにぶっとんでいてぽかんとなる人も多いと思うが、作者と長年の付き合いの僕には、この彼の世界がよくわかる。現実世界として感じることができる。私事になるが、現実世界の僕はきこりで晴れれば大体は山に入っている。ふと横を向くと鹿やイノシシの気配を感じることのできる世界が僕の現実だ。

はたして現実とはなんだろう? 夢の世界は? 年を重ねるごとにその問いは曖昧になり消えていく。しかし消えない人間もいる。それが作者なのかもしれない。この小説を読んでいると、現実と夢の境が逆転する瞬間がある。隣をみると大好きだったおじいちゃんがいる瞬間がある。生まれて死ぬこと。そしてまた生まれること。続くこと。彼の夢が僕に微笑みをくれる瞬間がある。

真夜中、僕らは山のふもとに寝そべっていた。何も音がしないはずのところは、風が吹くごとに音が生まれ、その音は波の音そのものだった。僕らは顔を見合わせ、ただ驚いていたと思う。そしてその音に慣れるとワタリが水の花の羊水と同化したように僕らも音の中に同化していった。暗闇と僕らが出会えた興奮がその波を高くした。

あの音を聞いてから十数年たった。今思うとあの時のあの音が僕らの世界をわたる音だった。正直に言うとただ「うあっ」と驚いていただけなのだが、とにかくあの音は世界をわたる音そのものだったのだ。

僕がファミレスで割り箸の袋を折って作っていたものが白い象だったとしてもなにも不思議じゃないよね?

僕は『思い出』に浸りながらこの作文を書いたよ。また植君の夢に招待してね。





コメダ南鴨宮店にて 伊藤秀和





歌を信じ、夢に渡り、たどり着いた別世界。五十三の宿場をめぐりながら、西へ、西へ、心の最果て『都』を目指し、旅する青年・通称『ワタリ』。めくるめく映像詩でつづる、異界の東海道五十三次

小説『胡蝶の舟』(詳しくはこちら