デジタルzin!ポエジン『宇宙塵』/即興詩人・AI UEOKA

即興詩人・AI UEOKAによるデジタルzin! 雑多な芸術・らくがき日記。

夢十夜2011

今、夏目漱石の短編小説「夢十夜」の
リミックスのようなものを書いています。

例のごとく、一日一話書いて、現在第六夜まで完成。
そのうちの第二夜をここに載せたいと思います。
目を通して頂けたら幸いです。



夢十夜2011・第二夜」


 こんな夢にいた。
 朝方、まだ日が昇らぬうちに目が覚めると、僕は台所の小さな灯りだけを付け、珈琲を煎れた。そして灯りを消し、リビングの四人がけの机に座り、机の上に目をやった。
 暗がりの中で目を凝らすと、まず、アルミホイルで包まれた大きな和皿の上に、白くて細いロウソクが、まるでバースデーケーキのように何本も立てられるのが目に入った。誰がこんなものを用意したのだろう? 記憶になかった。そしてその横には、古い型の懐中電灯が置かれていた。
 懐中電灯を手に取ると、それにはいくつかのスイッチがあって、それを手探りで、適当に押してみた。
 すると、静けさの中に、突然、男の低い声が響き渡った。
「侍と無」
 どうやらそれにはラジオが付いていたらしい。
 その言葉を聞いた瞬間、
「侍と無?」
 と、冗談のつもりでラジオに問いかけた。瞬間、ラジオは沈黙した。
 しばらくの無音。その隙に、隣の席に目をやると、ヒキガエルの後ろ姿のようなかっこうで座っている我が家の老猫が目に入った。虎縞のその猫は、耳をピンと立てている。そして、
「そんなことを聞いているからお前は悟れないのだよ」
 と、後ろ姿のまま言い放った。
 僕は驚いて、その老猫の丸い頭にゆっくりと手を伸ばし、触れた。すると、その頭と手が接触している部分から、大量の水が止めどなく溢れ始めた。
 そしてその水は、あっという間に、部屋中に注がれ、僕の膝あたりまで溜まってしまう。
 そして、老猫は、椅子からぴょんと飛び降りると、リビングに張られた水の上をカエルのような姿勢で浮かび上がった。
 老猫には顔がなかった。
 僕は一瞬で恐ろしくなり、無意識のうちに、珈琲を口元にやった。しかしそれは凄まじい熱さで、僕はその珈琲を机の上にこぼしてしまう。
 黒い液体が、貪欲に餌を求めるアメーバのように机全体に広がりゆく。そしてその液体が、銀皿に置かれたロウソクたちに触れると、ロウソクは次から次へと、その火を灯した。
 一瞬にして、部屋全体が夕焼けの中にいるかのような、温かな色を帯びる。
 そして、部屋の壁に、僕の友人たちの肖像画が、ところ狭しと飾られているのが浮かび上がった。
 幼かった頃知り合った今では交流のない友人や、未だ交流のある友人たち、その数は百近くあった。どの肖像画も、僕のことを優しい眼で見詰めていた。
 そして顔のない老猫が、僕にこう言った。
「ハッピーバースデイ」と。
 なんだ、これはサプライズ的な僕の誕生会だったのか! と僕は思い立ち、顔のない猫を抱き寄せ、そして、
「37歳になりました」と小さな声で呟いた。
 すると、目の前が一瞬、真っ暗になった。そして次の瞬間、僕の顔は、老猫の顔に瞬間的に移行した。
 そしてそこから、今、のっぺらぼうになったばかりの僕の顔を見つめ、何かに操られるかのように、顔を亡くした僕に向かい唾を吹きかけた。
 唾は、強力な酸のようで、みるみる僕の顔を溶かし始めた。顔はもくもくと湯気を上げながら、やがて丸くて大きな穴を空けた。
 そして、その穴の向こう側には、銀皿に立てられたロウソクたちの灯りと、壁いっぱいに飾られた、友人の肖像画が見えるのだった。
 いつしか銀皿はその境界を忘れ、大地のようにどこまでも広がっていった。その果てなき地に、数え切れないほどのロウソクが、小さな灯りをともし立っていた。大地はその色を受け、ぼんやりとオレンジ色の光を放った。そして宙には、同じく、ロウソクの夕日に照らされた何万という肖像画が浮かんでいるのだった。




植岡ペヨー太 mikromoai@gmail.com