デジタルzin!ポエジン『宇宙塵』/即興詩人・AI UEOKA

即興詩人・AI UEOKAによるデジタルzin! 雑多な芸術・らくがき日記。

はるか かたなで まわる うた:ステージ1・まんが道編 


26歳の時、結婚したかった女の子がいて、その子にもらった吉田カバンのポーチを探すために押し入れをあさったら、いろいろ出てきてびっくり!

段ボールにして5.6箱分の当時の作品やメモやノート。形にする力も、習慣づけもなかったから、9割がノートとメモ。

これは、20歳の頃だったか? 初めて本気で漫画家を目指し、Gペンで最初に描いた絵:『スラムダンク』のゴリ。
これを書いてる時に、「自分は絵が下手だけど、絵って線を引いてできてるから、線を引いていけば最後はできあがるな」って気付き、細部から攻めつづけ、一気に書き切る。
故に、全体的に少し、アンバランス。
で、ひと月でその夢に見切りをつけた。

ジョジョ第四部で一番好きだったスタンド『エコーズアクト3』

その当時、一番衝撃を受けた漫画『火の鳥・復活篇』のロビタ。この漫画を読んだ直後に、大友克洋の『メモリーズ』を観て、少し残念で、『火の鳥・復活篇』こそ映画化すべきでは。。と、ドーンと落ち込みながら帰宅した冬の夜を思い出す。
で、高校卒業後自立し、正社員で丸3年働いてた会社をやめ、使い道のなかった貯金を使い、本当にやりたいことをやるための伏線として、クエリイティブ業で日銭を稼ぐ道を模索しはじめる。


で、22歳の時、宣伝会議コピーライター養成講座に通っていた頃の課題。これは、コンペ形式で行われるその課題に、初めて入賞した2作品。

次の作品は、上級CMプランナーコースにての制作作品。この講師の方が面白くて「ヤンチャでいる権利『ヤンチャ権』」みたいなことを言ってて、友達と「ヤンチャ拳、ヤンチャ拳!」っていいながらカンフーのごとく刺激的に動き回ってた。宣伝会議で知り合った講師の方を訪ねて、クリスマスにニューヨークにお邪魔したのもこの頃。

道中記あり↓
http://d.hatena.ne.jp/macromoai/20090427/1240793133


電気自動車の広告作成で、「火星を走る最初の車」って感じのポスターつくったり(この頃はかなり「火星」と「月」が個人的キーワードだった)、出はじめたばかりのデジカメの広告で、デジカメに「ここはどこ? 私は誰?」って、記憶喪失を演じさせ、店頭体験コーナーをうながしたり。。

動画の配信が活発化してる近未来を予想し、夕陽をあび、巨大な逆光の影絵となった鳥取砂丘の動画が、実はネットの画面で、日本と海外の誰かを結んでいた、みたいな作品ばっかり打ってた。90年代、新しい何かを到来を感じ興奮していたのだと思う。

そんな訳でだいたい、講師の方があんぐりしながら、「君は何やってる人なの?」とか、「フリーランスが向いてるよね。やりたいことやるためにこそ、仕事を利用しな!」って、熱くなってくれたりしてるっていう。

周囲を納得させるために、形として「CMプランナー目指してます」って専門学校に通ったりとか、「本が出版されてます」って結果を明確にするために、マイナビから本を出したり文学賞の入賞を狙い撃ちしたりとか、昔からそういった感じで、社会的に保険をかける癖がある。

もちろんそれらは、やりたいことをやるために必要な伏線ではあるからやるのだけど、それに時間を費やすことで損なわるものも多い。

が、それは一長一短であり、思わぬ副産物を生んでくれるので、そこはものすごく有り難い。

必ずしも、自分の一番好きなこと・一番やりたいことだけが、一番良い結果に自分を導くのではないのだと、最近気付き始めている。

もちろんこれは、僕の場合の話である。「二番目」「二番手」など、『2』という数字に可能性を感じている。

が、果たして僕は今まで、一番やりたいことを全身全霊でやり切ったことがあるのだろうか? 

つまり、子供の頃から「一番」『1』を怖れ、避けている自分にも近年、気付き始めている。

だから、90年代に『3』の時代が来て嬉しかったのかもしれない。
『3』=『コラボレーション』なのだと思ったのかもしれない。

で、卒業制作で、女の人の素肌にナスカの地上絵を重ね合わせるというコラージュ遊びを通して、スキャナが一体型になったプリンターの広告を提出。講師の方が作品を評価してくださり、宣伝会議を卒業後、外資系広告代理店にて、クリエイティブアシスタント始める。

その会社が色々と自由にやらてくれて、そこと、当時の恋人の部屋でフォトショップを学びつつ制作した、友人の誕生日プレゼント。スズメバチが好きだった友人に対し送ったポスターの1枚。

楽家のその友人に紹介してもらった、『フォーテック』というドラムンベースユニットの1曲をポスター化したもの。

16歳の時、カケオチしたとき、ものすごい額を支援してくれた友人にもらった『老人と海』をビジュアル化し、お返しにプレゼントしたもの。

よく一緒にクラブに行った白人の同僚デザイナーさんにこれらを観て貰って、「「クール」って言ったよ」って当時の恋人に伝えて、「うえ、それって「フール」じゃない?」って返され、二人で笑い転げた。

そんなふうに、自分の中の阿修羅を、常に呆けさせなけらば生きられないのが、オレの、性なのだと、最近、気付きはじめている。。

アホですみません〜



ステージ2『みえないつるぎ編』につづく

http://d.hatena.ne.jp/macromoai/20181203/1543828808